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春と修羅とステングラス

2011.09.01.23:44

090424-(277).jpg


宮沢賢治の「春と修羅」の「序」の書き出しです。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

「春と修羅」は徒然草と同じように簡単そうでよく分からないのですが、人の存在というものを宇宙的な視座から観察すると、絶え間なく点滅する小さな光の集合体に見える。その光は電燈の光のようなものだが、いろんな因果でつながっている。その中でわたしは一つの青い発光体であるが、光は仮初に過ぎない、と解釈すると道教的な考えということができそうです。まあ、いろんな解釈があっても良いと思います。

それでは、ここで書かれている、わたしというひとつの青い電燈とは、どんな電燈をイメージしたのでしょうか?とても興味がわいてきますが、それはステンドグラスランプのような照明であったら良いなあと思います。「ひかりとかげのひとくさりづつ その通りの心象スケッチ」という「序」の中に出て来る言葉と、美しい色彩を投影する光と影をもったステンドグラスは、何となく似合いそうですから。

写真は、後藤ゆみこ先生の「モチーフシリーズ」の中の「碧花」という作品です。光りをつけると、瑠璃色の影が壁に投影され、わたしの記憶をひもとく心象スケッチの世界がつくられます。「窓は光を食べ、光を呼吸する」(Window make food and breath of light)と言ったのはマイスターマンだったか。この世あらゆるものは、宇宙塵をたべ、呼吸しているのと同じように、ステンドグラスも光りを食べ、光を呼吸しているのです。
こうなれば、この青いステンドランプは、「碧花」から「春と修羅」という商品名に変えてしまってもよろしいかと。

ところで、夏休みに、小学3年生の娘が書いた「雨ニモマケズ風ニモマケズ」。こっちの方の宮沢賢治は何となく理解出来そうな気も。



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